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お知らせ

 「直江津港~新しい釜山航路を開設」

2013.05.28.

コンテナ船:O.M.HUMORUM
ShippingAccess.comより

「三津七湊図」

東京藝大籔内佐斗司氏(奈良遷都1300年のマスコット「せんとくん」の作者)講演資料「奈良のみほとけたち」より

直江津港湾協会より

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日本郵船がこの5月、直江津港と韓国・釜山港を結ぶ定期コンテナ航路を開設しました。
これで直江津港の外国貿易定期コンテナ航路は週3便から4便になりました。

日本の船主がコンテナ航路を持つのは直江津港の歴史上初めてで、今までと違いインパクトがあるので、これが呼び水となり、ほかへ広がる可能性は大きいと期待されています。


船の名前は、「O.M.HUMORUM」(全長131.5m:総トン数7,170トン:TEU=20ftコンテナ704個積載)。

月曜に直江津港に寄港し、水曜に釜山の新旧2港へ、土曜に苫小牧へと運航される予定です。


● ここで、ひとこと直江津港自慢(?)

直江津は、奈良時代(8世紀)に越後の国府として栄えました。
海運の発達とともに平安時代(9〜12世紀)には、越後国の政治・文化の中心地でした。

直江津港は、室町時代末に成立した日本最古の海洋法規集である『廻船式目』に「三津七湊(さんしんしちそう=日本の十大港湾都市)」のひとつに数えられていました。
日本の港は中世まで、三つの津~堺の津・博多の津・伊勢の津、そして七つの湊(みなと)~越前湊・加賀湊(白山市)・輪島湊・越中岩瀬湊・越後今町湊(直江津)・秋田の出羽湊・津軽の十三湊という10の交易港が、北前船の流通基地や朝鮮半島との海外交易基地として栄えました。


上杉謙信公が春日山城に居城した頃(16世紀)には、特権として米・塩鮭・綿布・麻布(越後上布)等の販路を京阪地方に求めたことから、大阪はもちろん遠く九州や北海道などの諸港と交易が盛んになり、当時、直江津港は北陸の要港として栄えた歴史を有しています。


昭和26年に「重要港湾」(港湾法)に指定され、港勢が活発化し、現在では韓国・台湾・中国などアジアをはじめ、ロシア・北中米・ヨーロッパなど世界各地への物流サービスが拡充されてきました。
国内航路も、佐渡・小木港へのカーフェリー(佐渡汽船)をはじめ、定期コンテナ航路は西へ富山港・金沢港・境港と、東へ新潟港・酒田港・秋田港・苫小牧港と結ばれていいます。


ここ上越は、北陸本線・信越本線2本の交差するJR鉄路+2本の高速道路+海の道=外国航路+北陸新幹線「上越妙高駅」開業と、Tの字型の交通網の要所として益々発展する可能性を秘めた重要地方都市として注目を浴びています。


直江津港の定期航路や港湾施設等の詳しい情報はこちら。

「直江津港湾協会」

「新潟県直江津港湾事務所」